2008年3月20日 (木)

ボルゲーゼ美術館

先週金曜日、ボルゲーゼ美術館(Museo e Galleria Borghese)に行ってきました。
前からずーっと行きたかったのだけど、いつでも行けるかと思うとなかなか行かないもので、延び延びになっていました。そうこうしてる内にもう3月。今行かないともう行く機会が無くなる!というわけで、重い腰を上げたのでした。

この美術館、基本的には予約がないと入れません。
予約の電話をしつつ、「この程度の会話ならなんの苦労もなくできるようになったなぁ」と一年間のイタリア語学習の成果を実感したりしてました。

この美術館、そう大きくはないのですがかなりの数の名作が展示されています。
中でも僕が見たかったのは、
カラヴァッジョの「ゴリアテの頭を持つダヴィデ」
ベルニーニの「ダヴィデ」「アポロとダフネ」「プルートとプロセルピーナ」

他にも数多くの興味深い作品がありました。とてもよかった。

イタリアに来る前は全然キリスト教美術のことなど知らず、美術作品を見ても原典がまったく分かりませんでした。でも、それではもったいないと思って調べてるうちに、少しずつ何のシーンを描いているのか分かるようになってきました。
きっと1年前にこの美術館に来てもここまでは楽しめなかったと思います。

今回は、
・なぜ聖ヒエロニムス(聖ジローラモ)はいつもライオンと一緒にいるのか?
 (そして彼はなぜいつも書き物をしているのか?)
・なぜトビアスはいつも魚を持っているのか?
を新たに覚えました。
そうやって少しずつ自分の知らなかったことを覚えていくのって楽しいものです。

次回ここに来るときは、もっと分かっているようになりたいと思いました。

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2008年1月23日 (水)

エスカレーター

ローマには地下鉄がA線とB線の2線通っています。
たぶん遺跡の関係から、A線の方は結構地下深くを通っています。
という訳で、長ーいエスカレーターがあるんですが。。。

このエスカレーター、床の移動速度に比べて手すりベルトの移動速度がかなり速い。
特にテルミニ駅ではそれが顕著で、手だけどんどん先に進んでいってしまいます。
だから、結構頻繁に手を置き直さなくてはなりません。よく見るとみんな忙しく手を動かしてます。たぶん無意識でやっているのでしょうが。なかなか面白い光景です。

エスカレーターの構造はよく知りませんが、なんでこんなことが起こるのだろうか?
普通に考えたら、ベルトと床の移動速度を変えるほうが難しい気がするけど・・・?

ローマの七不思議の一つです。

…嘘です。

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2007年12月10日 (月)

ヴァチカン三昧!(ヴァチカン庭園 その3)

引き続きヴァチカン庭園です。
続いて見たのが、ヴァチカンの空と陸の玄関口。

Eliporto Stazione_vaticana

そう。ヘリポートと駅です。ヴァチカン内部にはちゃんと鉄道も通っているのですよ。教皇はこのヘリポートから世界各地へと飛び立つ訳ですね。でも鉄道は利用するのだろうか?

ヘリポートはヴァチカンの西端にあるのですが、ここから一気に北東の端に移動。見えてきた綺麗な建物はヴァチカン博物館の「絵画館(ピナコテーカ)」です。この建物の中に、ラファエロの『キリストの変容』やカラヴァッジョの『キリストの降架』などがあるわけです。
Pinacoteca

この建物のすぐ向い側にあったのが巨大な現代的モニュメント。
タイトルは『 The tree of humanity 』クーポラとの取り合わせが素敵です。
Lalbero_dellumanita

その側にあるのが、ピウス4世の館とFontana della Peschiera(日本語で言うと「養魚場の噴水?」)
Casina_di_pio_iv

この建物の装飾。なんとモザイクです。う~ん、美しい。
Fontana_della_peschiera1 Fontana_della_peschiera2

さあ、これで一通り回りました。
最後にヴァチカン美術館の中から僕らを眺める人に手を振って、ちょっと優越感を味わいつつ(笑)帰路につきました。

いやー、本当に素晴しい体験だった。
この国にきてよく思うようになったのだけど、持つべきものは友達です。とくにイタリアでは。本当にSilvanoに感謝。来週一緒にご飯食べに行く予定です。

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2007年12月 9日 (日)

ヴァチカン三昧!(ヴァチカン庭園 その2)

さて、鷲の噴水のお次は西方向へ移動。
まもなく見えてきたのがヴァチカンのラジオ放送タワー。ここから世界中へと放送しています。世界で最もリスナーの多いラジオだと聞いたことがあるなぁ。

Radio_vaticana

Viale della Radio(ラジオ通り)から眺めたクーポラ。
庭のアーチとクーポラの取り合わせが美しいですね。

Viale_della_radio

そしてそのすぐそばの花壇で面白いもの発見!

Et_in_terra_pax

「世界人類が平和でありますように」
日本のあちこちで見かけますが、まさかヴァチカン庭園にまで広まっているとは!横にはラテン語で「ET IN TERRA PAX HOMINIBUS」とあります。
あれ?でもこの立札ってキリスト教だっけ?と思って調べたところ、白光真宏会という宗教団体のもののようです…それがなぜこんなところに?謎です。

続いて見えてきたのが迷宮状の庭園。

Labirinto

そしてこの庭園の周りにはたくさんの鳥が飛びまわっていました。
ん?でもなんか違和感。羽色がやけに鮮やかな緑色です。よく見ると…インコ!?飼われてるのかと思ったけど、ここは完全な屋外だし、、、野生のインコ?初めて見ました。

Parocchetto_monaco

思わずパチリ。どうも知り合いの飼っている「オキナインコ」に姿が似ているようです。さっそく本人に確認したところ…間違いない!との返事をもらいました。そして返事と一緒に面白いことを教えてもらいました。

この「オキナインコ」漢字で書くと「翁インコ」です。
羽色の緑がフードを被った老人のように見えることからそう名付けられたらしいのですが、
イタリア語では「Parocchetto Monaco」と言うそうです。
「Monaco」 = 「修道士」 です。
なるほど。彼等の住むのにこれ以上相応しい場所はないですね(笑)

ちょっと話が脱線。そしてまたも長くなってきたので、さらに次回に続きます。

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2007年12月 8日 (土)

ヴァチカン三昧!(ヴァチカン庭園 その1)

さて、地下墓所を見学した後はヴァチカン庭園へ!
この庭園は一般公開されていません。ヴァチカン美術館がガイド付きツアーを開催しているようですが、僕らの場合はガイドなしで自由に内部を移動できました。
どういう手続きだったのかはよく分かりませんが…そうそうはできない特別な経験です。本当にSilvanoに感謝です。

まずUfficio Permessoへ向かい入場許可証を発行してもらいます。
お金はかかりませんでした。パスポートと引き換えにパスを受け取ります。

Permesso_del_vaticano

じゃーん。ヴァチカンの通行許可証です。
その後は「えっ?いいの?」ってくらい自由にヴァチカン内部をうろつけました。
ときどき警備員にパスの提示を求められたぐらい。もう二度と入ることはできないかもしれないので、制限時間の14時いっぱいまで歩き回りました。

まず最初はサン・ピエトロ大聖堂を南側から迂回して裏側へ。
そうして見えてきた建物がヴァチカン政庁舎です。政庁舎の正面の花壇には教皇の紋章が描かれています。クーポラの上からは綺麗に見えるはず。

Palazzo_del_governatorato1 Palazzo_del_governatorato2

そしてこれが普通はお目にかかれない、聖堂の裏側の姿です!

Basilica_di_san_pietro_didietro

続いて政庁舎の北東に位置する「鷲の噴水(Fontana dell'Aquila)」へ向かいます。

Fontana_dellaquila

噴水上部に鷲の像がありますね。だから鷲の噴水なのでしょう。いや、鷲の噴水だから鷲の像があるのかな?どっちにしてもストレートなネーミングです。

San_pietro

上の像は鷲の噴水のすぐそばにありました。誰の像か分かりますか?
ヒントは…写真では分かり難いですが(全ての写真はクリックで大きく表示されます。知ってました?)、人差し指と中指を立てた右手と鍵を持った左手です。そしてここはヴァチカン庭園です。
これだけの条件がそろえば聖ペトロと断言できます。この像は庭園の上空からの写真なんかでも比較的分かりやすい位置にあるようです。
背後の木がなんとなく南国的ですね。なんだか奇妙な気分になります。

さてさて、長くなってきました。今日はこの辺にしておきましょう。
まだまだ書きたいことはいっぱいあるので次回に続きます。

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2007年12月 7日 (金)

ヴァチカン三昧!(地下墓所)

さて、昨日のローマ教皇一般謁見に引き続き、今日もヴァチカンへ行ってきました。
目的は地下墓所(Necropoli)見学と庭園見学!これも全てSilvanoが手配してくれました。

まずは地下墓所の方から。
と、その前に基本事項をおさらいしておきましょう。

ヴァチカンはカトリックの総本山ですね。サン・ピエトロ大聖堂がその中心的存在です。そしてサン・ピエトロとは聖ペトロの意。すなわちイエスの最初の弟子で、「天国の鍵」を受け取ったヨハネの子シモン・ペトロです。ローマ教皇はその権威を代々受け継いでるとされます。

聖ペトロは、まだキリスト教が迫害を受けていたネロ帝時代に逆さ十字架にかけられ殉死します。その後、コンスタンティヌス帝により「ミラノ勅令」が発布(紀元313年)され、キリスト教は公認されました。そして彼は聖ペトロ殉教の地に聖堂の建設を命じたのです。

それがコンスタンティヌス帝のバジリカ。サン・ピエトロ大聖堂の前身です。
16世紀に老朽化した聖堂が建て直され、現在のものとなりました。
つまりサン・ピエトロ大聖堂は聖ペトロの墓所の上に建っている訳です。

前置きが長くなりました。
今日行ってきたのがその地下墓所。いわばカトリックの聖地です。
ガイドの人と一緒に10人程のグループで行動。
階段を下りて地下に行くとそこは完全に別世界でした。

この墓所が出来た当時はキリスト教が公認ではなかったので、石棺の彫刻や墓所の壁画もエジプトやギリシャの神々が描かれていたりと、多神教国家だったローマ時代が偲ばれます。最深部から除々に上っていき、時代が下るにつれ、墓所内にイエスのモザイクが描かれたりと、墓所の様式も変化していき…
奥には聖ペトロの墓所があり、彼のものとされる遺骨も安置されていました。
ここは聖堂内のバルダッキーノ(天蓋:ベルニーニ作:下写真)の真下に位置します。

余談ですが、写真右奥の十字架を持った像は聖へレナ。コンスタンティヌス帝のお母さんです。彼女はキリストが磔にされたという十字架を発掘した為、十字架を持ってます。ちなみに手には釘も持ってます。
左奥の布を持った女性の像は聖ヴェロニカ。刑場へと十字架を担いで運ぶキリストの体の汚れを拭ってあげたとされます。その布には聖なるしるしが現われたとか。
そして正面奥にあるのが聖ペトロの司教座です(同じくベルニーニ作)

Baldacchino

この聖墓所を中心に、コンスタンティヌス帝のバジリカが建てられ、その跡地に天蓋、ひいてはサン・ピエトロ大聖堂が建てられ…この聖地は何重にも守られてきたのだとガイドさんは言っておりました。

観光客でごった返す聖堂の、その真下に広がる深閑とした空間。
ヴァチカンの真の姿を垣間見た気がしました。いい経験が出来た。

日本のガイドブックにはあまり載ってないみたいですが、予約さえすれば入れるみたいなので、興味のある方はヴァチカンのHPへどうぞ。お薦めです。
料金はガイド付きで10ユーロ。ただし日本語ガイドはないでしょうけど。

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2007年12月 6日 (木)

ローマ教皇一般謁見

今日はヴァチカンのl'Aula Nerviに行ってきました。
ここでは毎週水曜Papa(ローマ教皇)の一般謁見が行われます。

入場は無料ですが予約(整理券)が必要です。
同じ団で歌っているSilvanoがヴァチカンで働いていて、彼が手配してくれました。…なので予約方法は分かりません。

Aula_nervi1

開場は8時半。手荷物検査を受けて、スイス衛兵の守るゲートを抜けます。

Aula_nervi2

思ったよりも広い。早めに行ったおかげか2列目に座ることが出来ました。
そして10時半。Papaの登場。会場中に拍手と喝采が巻き起こります。

Aula_nervi3 Aula_nervi4

その後はいろんな国の言葉で来場者に祝福を。
フランス語、ドイツ語、英語、スペイン語、イタリア語、ポーランド語。
団体名を読み上げるたびに、各地で喚声が上がります。喚声っていうか悲鳴?教皇との謁見っていうから、もっと厳かな空気なのかと思ったら全然違った。まるでスポーツの応援合戦の様。もう大騒ぎの大はしゃぎです。日本じゃ考え難いけど、キリスト教はそういうのありなのかな?

思うに、日本のような多神教における神っていうのは、自然そのものであり、言い換えれば災害そのもの。地震然り、台風然り、火山然り。つまり神=畏怖の対象な訳で、それら神々の怒りを鎮めるために祀るわけですね。
一方キリスト教における神は、もちろん畏怖の対象でもあるのだろうけど、人々の守護者であり、無限の愛を注いでくれる慕うべき存在なわけで。。。それがこの親近感というか神との距離の近さを生んでいるのだろうか。
そういえばキリスト教圏の人々は驚いたときもすぐ神の名を口にするし。
「Oh my God !」「Oh Dio !」
それだけ近しい存在ってことでしょうか?

ただ、モーゼの十戒の一つに
「みだりに神の名を唱えてはならない」
っていうのがあった気がしますが…まぁあんまり深いことは気にしないでおきましょう。

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2007年12月 4日 (火)

初オペラ座

先週の金曜日、オペラ座に行ってきました。
初オペラ座です。演目は「Mose' in Egitto(エジプトのモーゼ)」ロッシーニ作。

何週間か前から友人とオペラを見に行きたいねぇ。と話してました。
調べたところ、オペラ座以外でも教会とかでオペラは上演したりしていて、
そちらでは「La Traviata(椿姫)」なんかもやってました。
演目的には「椿姫」に魅かれたのだけど…教会ってどうなんだろう?
で、オペラのことなら、とNinaさんに相談してみると。。。

「はっきり言って観光客相手の商売。お金払って行く程のレベルじゃない」
「興味ない演目でも、一度も行ったことないならオペラ座に行くべき。美術館に入場料払って入るならオペラ座も一度は行ったら?音楽も付いてくるよ(笑)」と。

そこまで言われたらねぇ、という訳でオペラ座に決めました。
いや、僕はどのみちオペラ座にも行こうと思っていたけど。

ただし、初めてで勝手が分からんし、お金もないので席は一番安いGalleria(天井桟敷)席。17ユーロ也。

当日。開演30分前に到着。ロビーでは正装した皆さんが劇場から振舞われている(とみられる)シャンパンを飲んでいる。。。あれは無料なのか?それとも高い席のチケット買った人の特典?共にオペラ座初体験の(そして一番安い席の)僕ら二人はおどおどしながら遠目で眺める。初めて上京してきた田舎者の心境です。

~後で分かったことですが、あれはただのワイン会社の宣伝だったらしい。つまり試供品。試飲。ちぇっ、飲んどきゃよかった。

僕らの席は4階(日本で言う5階)。そして入場。
おぉー、凄い!!テンション急上昇です。心配してた眺めもそこまで悪くない。

Teatro_dellopera

そして、開演。ここまでは良かったのだけど、、、
なぜか周りには日本人がいっぱい居たのだけど(おそらく団体)、彼らがウルサイ!
曲中にゴソゴソと鞄を漁るは、席は移動するは、ボソボソ喋るは!
あんたら何しに来たんだ!曲の最中に移動するんじゃないよ!
同じ日本人として、腹立たしいやら、恥ずかしいやら。
そして彼等は全員一幕目の途中で帰って行きました。ホントに何しに来たんだ。あんたら日本の恥だよ!もう腹が立って腹が立って、お陰で一幕目は演者の皆様には申し訳ないが、全然舞台に集中できませんでした。

いやぁでも帰ってくれて良かった。二幕目以降はしっかり集中できました。
楽しめました。やっぱりオペラ座を選択して正解でした。
また来ます。

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2007年10月23日 (火)

赤トレヴィ

知ってる人も多いとおもいますが、数日前トレヴィの泉の水が真っ赤に変わりました。なんでも50過ぎの男性が塗料か何かを入れたらしい。イタズラというか「無政府主義者」がどうとか「灰色の社会に色を」とかなんとかいう、よく分からん犯行声明らしきビラも残されていたらしいですが…。

お恥ずかしいことながら野次馬心から見に行こうかと思ったり…でも止めました。なぜならそんなものわざわざ見に行くのもどうかと思い直したし、何よりここ数日急激に寒くなったから。本当に寒い。一気に冬が来た感じです。という訳で、赤トレヴィの写真はありません。が、気になる人は検索すればすぐ出てくるのでどうぞ。
小学生の頃、別府で「血の池地獄」なるものを見たけど、あれを思い出させるね。

幸い大理石には大きな影響は無いようです。
まったくこういう歴史的建造物や芸術作品を傷つけるのは許せんね。イタリアにはそういうものはたくさんありますが、あちこちの建造物なんかに落書きされてるのを見ると(特に日本語だと)かなりがっかりします。

フィレンツェのドゥオーモ行ったときは悲しくなったよ。日本語の落書きの多いこと。海外まできて何してるのか!まったく恥知らずもいいとこです。そういう輩には日本から、、いや家から一歩も出ないで頂きたい。なにが楽しくて落書きなんかするのかねぇ?しかも自分の名前を。名前を書くのは自分の持ち物だけにしてくれ!

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2007年9月13日 (木)

早起きは三文の得

Fontana_di_trevi Piazza_di_spagna

上の写真。どこの写真だか分かりますか?
そう、トレヴィの泉とスペイン階段です。
そして気付きましたか?人が全然いないことに。

先日、日本から友人が遊びに来た際に、早起きして一緒に行ってきました。
イタリアに来たことある人は分かると思うけど、この二つの場所はいつ行っても人でいっぱいです。なのでこの光景を見たときはちょっと感動もの。
「おー!人が全然居ないよー!!」
と、朝っぱらからテンション急上昇でした。

惜しむらくはスペイン階段の二人。
ちなみに時刻は6時半。もうちょっと早く行くべきだったな。

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2007年8月29日 (水)

クーポラ

先日、家族が来ていた際にサン・ピエトロ大聖堂のクーポラへと初めて登ってきました。

クーポラの上に上がる方法は二通り。
すなわち、階段で上るか、エレベーターで昇るか。ちなみにどちらでいくかによって料金が異なり、エレベータ利用のほうが2ユーロほど高いです。

僕らは(もちろん)エレベーターで。
ただ、エレベーターで行ったからといって階段を上らなくていいかというと、そんなことはなかった。エレベーターもクーポラのてっぺんまで行ってるわけでなく、どのみち階段で上らなきゃいけませんでした。十分疲れた。。。最初から階段だったら間違いなく死んでたな…。
今後行く予定のある方々、体力に自身のある方ならともかく、2ユーロぐらいけちけちしないことをお薦めします。

ただし、苦労して上った甲斐あって、上からの眺めは絶景でした。
クーポラ内のモザイクも素晴しかった。サン・ピエトロ大聖堂に来たら是非上ってみて下さい。

Cupola

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2007年8月16日 (木)

サン・ピエトロ大聖堂

今日は祝日(Ferragosto:日本語では聖母被昇天祭というらしい)で休みでした。
そしてタイトルの通りサン・ピエトロ大聖堂に行ってきました。

実は僕、サン・ピエトロ大聖堂にはこれまで入ったことがありませんでした。
ローマに三回も来ておきながら、5ヶ月以上も滞在していながら、さらに言うならヴァチカン博物館には三回も行っておきながら、聖堂内には入ったことがなかったのです。

その理由は…特になし。で、今日初めて行って来ました。
まず、サン・ピエトロ広場へ。いつ来てもこの広場は美しいです。

この広場は左右を3列の柱が立ち並ぶ回廊に囲まれているのだけど、ある地点に立つと、その3列の柱が全部重なって1列にみえます。これはツアーで解説する定番ポイントの一つらしく、いろんな集団(もちろん個人も)が入れ替わり立ち替わりそこに立っては写真やビデオを撮っていました。僕はその場所に立ったことなかったのだけど、待ち合わせの相手がなかなか来なかったので、立ってみました。ちなみにその場所は広場内に2ヶ所あります。下右の写真の場所が目印。

Basilica_di_san_pietro1 Basilica_di_san_pietro4

ちなみにここからの眺めは写真には撮っておりません。自分で立って確かめてね。

さて、手荷物検査を終えたらいよいよ聖堂内へ。ミケランジェロが手掛けた奇抜なデザインの制服に身を包む、選ばれたスイス衛兵をながめつつ入口へと歩を進めます。

Basilica_di_san_pietro2

Basilica_di_san_pietro3

聖堂内は溜め息がでるほど美しい空間でした。なぜいままで来なかったのか。
前々から見たいと思っていたミケランジェロのピエタ像にもようやくお目にかかることができました。ただ、聖堂内では何かイベントが行われていて奥の方まで入ることができなかったのだけど。でもいいです。近くに住んでるわけだから、また来ればいいし。

それよりも次来るまでにはもうちょっと勉強してから来よう。教会に行くたびに思うけど、僕はあまりにキリスト教美術に対して無知すぎます。いろいろな絵画や彫刻を見ても、なにがテーマなのか分かんないんだよねぇ。きっとそれが分かれば何倍も楽しいのだろうけど。。。という訳で、次回までにもう少し勉強しようと思ったのでした。

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2007年8月11日 (土)

トゥーランドット

昨夜、オペラ「トゥーランドット」を見に行ってきました。
実はまともにオペラを見るのは初めてでした。

「トゥーランドット」は僕が最も見たかったオペラでした。
大学時代、とある講義でプッチーニのオペラについてやっていました。ちなみにその時はオペラにはまったく興味が無く、講義内容はほぼ右から左だったのだけど、一回ビデオ教材として「トゥーランドット」が使われていたことがあって、その内のワンシーンがやけに鮮明に僕の頭に残りました。(それは王子カラフがトゥーランドットの三つ目の謎掛けに答えるシーンでした)

それ以来僕の中ではオペラ=トゥーランドットの図式が出来上がってしまったのでした。
ちょっと前に荒川静香が金メダルとったときは「トゥーランドット」が話題になりましたね。

この時期は、屋外でのオペラ公演が各地で行われてます。昨夜はカラカラ浴場の特設ステージでの上演でした。

Turandot3 Turandot1

余談ですが、カラカラ浴場は僕がローマで最も好きな場所の一つです。
2年前に来た時は観光客もほとんどおらず、そびえ立つ壁に四方を囲まれ、2000年前へと一人思い馳せたものでした。

さて、肝心のオペラはというと…予習していったお陰もあってか、とても楽しめました。
なんだか僕のなかではだらだらと長く続くイメージがあったのだけど、実際はあっという間でした。(ちなみに演奏時間は約2時間。休憩も入れると約3時間)
楽しかったです。他のオペラも見に行きたいなぁと思いました。
ただ、次行くなら屋内のがいいかな。雰囲気はとても素敵だったけど、きっと劇場で聴いたらもっと素敵だったと思います。救急車や飛行機の音は聞こえないだろうし(笑)

Turandot2
↑カラフがトゥーランドットの最後の問いに答えるシーンです。

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2007年4月 7日 (土)

アッピア旧街道

今日はロベルトがスクーターを借りてきて、一緒にどっか行こうと言うので、
アッピア旧街道に行ってきました。

Moto

ちなみに僕はずっと後ろに乗っていただけで、運転はしてません。
右側通行なのが未だに慣れないし、信号の位置が低いのもなんか気持ち悪いし。

実は以前彼と二人でサイクリングしたとき、アッピア旧街道に行こうとしたことがあったのですが、遠いのと交通量が多かったのとで、途中で断念したのでした。
今回はそのリベンジも兼ねて(笑)

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さて、僕が前々から行きたいと思っていたアッピア旧街道は静かでいいところでした。
天気もよかったし、観光客もあんまりいないし、鳥がいっぱい鳴いてるし、のんびりと過ごすことができました。

Appia_antica

「すべての道はローマに通ず」
数多くある街道の中でもアッピア街道は最も有名(だと僕は思ってます)
どこまでも真っ直ぐ伸びる敷石道。いったいどれだけの人がこの道を行き過ぎたのか…ロマンを感じますねぇ。感慨深く眺めました。

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2006年8月 4日 (金)

2度目のイタリア その5

さて、2度目の渡伊について長々と綴ってきたが、今回で最後にしよう。

いよいよ帰国の日が迫ってきた。飛行機に空きがなかったため、帰国の日は朝4時過ぎには家を出なければならない。

最終日の夜にAnnaとGianfryは僕を市内のレストランへ連れて行ってくれた。
そして、食事の後はコロッセオ、そしてフォロ・ロマーノへと連れて行ってくれた。
月が綺麗な夜で、昼の姿とはまた違った美しさだった。僕はやはりこの国が、そしてこの町が好きだ。

たった1週間だったが、本当に濃い1週間だった。全てはAnnaやGianfryなど多くの素敵な人たちのお陰だ。
当時、僕は過去形すら知らなかった。こんな僕の拙いイタリア語をみんな根気よく聞いてくれ、僕に分かるように簡単な言葉で話してくれた。
彼らと出会えたことこそが、この旅で僕が手に入れた最も素晴らしいものだ。

別れるのは淋しかったが、僕は必ずまた戻ってくると彼らに告げてローマを後にした。

今でも時々彼らとメールや手紙のやりとりをしている。次に彼らに会えるのはおそらく来年の春だろう。その時が今から楽しみだ。

Anna   Gianfry

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2006年8月 3日 (木)

2度目のイタリア その4

翌日からは朝方授業を受けて、昼はお弁当もって(Gianfry特製パニーニ)ローマ市内観光。
夜には帰ってみんなで晩ご飯という生活。

昼間は一人でローマ市内をひたすら歩き回って、念願だったフォロ・ロマーノも行くことができた。とにかくゆっくり時間を使ってのんびり回った。
やっぱりローマは美しい街だ。

ちなみに一日だけ、近所に僕同様ローマにホームステイに来ていたフランス人のVince君と一緒にローマ市内を回った(会話は主にイタリア語、プラス英語)。
しかし、ただでさえイタリア語力が低い上にフランス訛りのイタリア語は聞き取りにくく、ほとんど何を言ってるのか分からなかった。
まだまだ勉強が足りないとひしひしと感じてしまった。

晩ご飯は基本的に家で食べたが、近所の家のガーデンパーティーのようなものに呼ばれたこともあった。陽気な人たちばかりで、食べ物やワインをとにかく勧めてくる。思わず食べすぎ&飲みすぎてしまった。
食事の後はみんなで歌を歌う。ちなみに「帰れソレントへ」(もちろん日本語で)歌ったらみんな大喜びで合唱してくれた。(もちろんイタリア語で)
歌は国境を越えるのだ。
その夜はとても幸せな気持ちで眠ることが出来たのを憶えている。

Fororomano

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2006年7月31日 (月)

2度目のイタリア その3

翌日、娘のPaolaとその恋人Davidに紹介してもらい、5人で朝食を摂った。
食後はコーヒーをいただく。イタリアでコーヒーといえば普通エスプレッソのことを指す。家にエスプレッソマシーンがあり、濃いやつをデミタスカップに注ぎ、砂糖をたっぷり入れて飲む。これがとてもおいしい。僕ほ普段コーヒーはあまり飲まないのだが、イタリア滞在中は毎食後飲んでいた。

食後は近所のワイン園にワインを買いに行った(この辺りは白ワインが有名)。
しかし農園は閉まっていた。Gianfryが叫ぶ
「Mamma Mia!」
それを聞いて僕はイタリア人って本当にマンマミーアって言うのか!と一人で感動してしまった。

昼食は2時頃。もちろんパスタ&ワイン。このワインがおいしい。
コーヒーと同じく日本ではあまり飲まないのだが、イタリア滞在中は毎日昼から飲んでいた。
本当にイタリア料理に合うんだなぁ、これが。

この日は日曜日。日曜日はゆっくりするもんだ。と言われ、食後はお昼寝。

夕方になってAnnaが出掛けていった。30分位してGianfryがAnnaを迎えに行こうと言って僕を連れ出した。
むかった先は近所の教会だった。この国はカトリックの国なのだ。
教会でのミサ(でいいのかな?ごめんなさい。よく知りません)が終わったあと、皆が日本で言うところの井戸端会議をしている。この場所は近所の人たちとのコミュニケーションの場でもあるのだろう。なんとなく昭和の日本の情景が頭に浮かんだ。

そのまま、近所の数人を招いての夕食となった。夕食の話題はもっぱら日本のことや僕の家族の事についてだった。みんな僕のカタコトのイタリア語によく耳を傾けてくれた。日本から持参した日本酒もみんなで飲んだ。ただ、好き嫌いは結構ハッキリ分かれたみたい。

この日は結局特にどこにも出歩かずに日が暮れた。
でもイタリア人の生の姿に触れられたようで嬉しかった。

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2006年7月28日 (金)

2度目のイタリア その2

いよいよ出発の日が来た。
その当時僕は、静岡県裾野市に住んでいたので出発は成田空港からだった。

ヨーロッパはやっぱり遠い。直行便ではなくパリ経由せいもあって、イタリア到着までは16時間程かかったと思う。ローマ・フィウミチーノ空港に到着したのは現地時間で夜の9:30頃だった。

ここからステイ先までは自力で行かなければならない。事前にもらった情報によると、
①空港からローマ・テルミニ駅(ローマの中央駅)に向かい
②そこで電車を乗り換えZagarolo駅で下車
③テルミニ駅を出るときに電話をしておけば、Zagarolo駅までは迎えにきてくれる。
という手順になっていた。

さて、まずはテルミニ駅に向かわなくてはならない。空港から駅までは直通列車が出ているはずで、これはすぐ見つけることができた。30分程でテルミニ駅に到着。

ここから電車を乗り換えなければならないのだが・・・どの電車に乗っていいのかがさっぱり分からない。30分以上駅の中をうろうろして、ようやくそれらしき電車を発見。
・・・しかし今度は切符の買い方が分からない。すでに時間は夜10:30を過ぎている。窓口で聞こうにも、すべての窓口は閉まっていた。そうこうしているうちに・・・。

やってしまった・・・。

電車が出発してしまったのである。さらに追い討ちをかけるように、最悪の事態が僕を襲う。
そう、どうやら今の電車が最終電車だったようだ(泣)

半分パニック状態に陥りながら、僕はAnnaに電話を掛け、カタコトのイタリア語で状況を伝える。
どうやら理解してもらえたらしく、駅まで迎えに来てくれることになった。
30~40分かかるから駅で待っててくれとのことだった。

もう0:00近い。
海外の見知らぬ駅で、でっかいスーツケースを抱えて、夜中に駅に一人でいるのは正直かなり不安だった。30分後ようやくAnnaとGianfrancoが現われた。

二人は見るからにイタリア人という感じで(当たり前だけど)、僕の不安な気持ちを分かってくれたのかとても優しかった。車内では簡単な自己紹介と、日本ではどんな仕事をしているのかとか、そんなことを話したと思う。

家に到着したのは1:00頃。僕に与えられた部屋は屋根裏部屋だった。
「今日はもう遅いし、ゆっくり休んで明日朝9:00頃起きておいで」と言われた。
飛行機ではいっぱい寝たが、それでもさすがに疲れた(精神的に)。
その夜はあっという間に眠りに落ちたのだった。

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2006年7月27日 (木)

2度目のイタリア

去年の夏に再びイタリアを訪れた。

うちの会社の夏休みは9日間ある。
例年は必ず数日は休日出勤が入るのだが、その年はたまたま全部休めたのだ。
幸いボーナスが入ったばっかりで金銭的にも余裕があったし、「今しかない」そう思った。しかし、休みまであと1ヶ月しかない。急いで準備をはじめた。

今回の旅の目的は、二つ。
一つ目はもちろん、前回あまり見ることのできなかったローマの遺跡を堪能すること。
二つ目は現地に知り合いをつくることだった。

というわけで、上記二つの目的を達成するために僕が選んだのは、ホームステイという選択肢だ。

その時点で、イタリア語を勉強しはじめて約2年が経っていた。が、あまり真面目に通っていなかったため、会話力には全然自信がなかった。
そんななか見つけたのがイタリア語の家庭教師の家にホームステイというプランだ。
「1日3時間はイタリア語を教えてもらい、食事はファミリーと一緒に、あとは基本的に自由。先生の家にステイするため初心者でも安心」というものだった。
僕は迷わずこのコースに決め、すぐに航空券を手配。なんとか空席を確保してイタリアへの切符を手に入れることができた。

数日後、代理店から連絡がきた。
僕のステイ先はローマ郊外の一軒家でGianfrancoとAnnaという名の夫婦の元だそうだ。
一人の娘と一匹の犬、一匹の猫も一緒らしい。
僕はまだ見ぬこの家族の姿を想像し、期待と不安を胸に出発の日を待った。

いま思えば、この1週間のホームステイが僕のイタリアへの思いを決定的にしたと言っていい。
現在、こうしてイタリア留学に向けて準備を進めているのもこの時の経験があればこそだ。

この1週間については書きたいことがあまりに多すぎる。今日はひとまずここまでにして、明日以降続きを書くことにする。

Partenza

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2006年7月26日 (水)

初めてイタリアに行ったときのこと

ぼくはこれまでに2度イタリアを訪れている。

1度目は今から3年半前、大学4年の3月。いわゆる卒業旅行である。
2度目は去年の8月。会社の夏休みを丸々使って、1週間ホームステイした。

今日はまず1度目の(初めての)渡伊について書くことにする。
卒業旅行といっても人数は4人で、行った都市はローマとフィレンツェのみ。両都市3日ずつぐらい滞在したと思う。

ローマのフィウミチーノ空港に到着したときは夕方で、そのままホテルに直行した。
ホテルはローマの市街地にあり、空港からは車で30分以上かかる。迎えのマイクロバスに揺られながら、僕は車外の景色に夢中だった。

そして、それは突然姿をあらわしたのである。

IL COLOSSEO - コロッセオ

夕闇の中にやや物憂げな表情を浮かべ、僕を見下ろしていた。おそらく2000年前と同じ姿で。
僕は、ただ、その存在感,美しさに圧倒されるばかりだった。生涯その姿を忘れることはないだろう。


翌日、丸1日ローマ市内を観光した。

ヴァチカン博物館、システィーナ礼拝堂、トレヴィの泉…。どれもが美しい。
こんなにたくさんの美しいものを見た日は人生で初めてだと思う。


イタリア人は「ローマを全て見尽くすには3つの人生が要る」というらしい。

当然わずか1日で見尽くせるはずもなく、ローマで最も訪れたかったフォロ・ロマーノも時間の都合上訪れることができなかった。
それでも僕は満足していた。ローマが僕に
「今回はここまでだ。これ以上見たければ、おまえは再びローマを訪れなければならない。
その時こそローマの本当の魅力をみせてあげよう。」
そう告げているような気がした。

太陽の下にそびえるコロッセオは前日とは打って変わって、ラテン人さながらの快活な姿を僕に見せつけていた。

必ずこの地に帰ってくると僕は心に誓い、ローマを後にした。

*写真は、僕が「こんな美しい場所がこの世にあるのか」と感動した、「サン・ピエトロ広場」
残念ながら写真では伝わらないなぁ

Piazza_san_pietro

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