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2007年10月26日 (金)

新曲

9月から合唱は再開していて、現在二つの合唱団に通ってます。

ひとつは“Orazio Vecchi”
毎週月・木 18時~20時

もうひとつが“La Fenice”
月曜 20時~21時半

指揮者はどっちもAlessandro。練習場所も同じです。
“La Fenice”の方は本来月曜だけなのですが本番が近いので最近は木曜日もやってます。つまり月・木の18時~21時半まで歌ってます。

曲は
“Orazio Vecchi”の方が
Antonio Vivardiの「GLORIA」
Giacomo Carissimiの「JEPHTE」この2曲は以前から歌ってました。ラテン語です。

そして最近始めたのが、
Hugo Distlerの「Es ist ein Ros entsprungen(エサイの根より:賛美歌です)」

“La fenice”は
Brahmsの「LIEBESLIEDER(愛の歌:ワルツ集)」
Johann Straussの「Der Zigeunerbaron(喜歌劇:ジプシー男爵)」

この2曲は歌っててとても楽しいです。ただ一つ問題が…。
タイトルを見れば分かってもらえるかと思いますが、この新曲3曲、全て歌詞がドイツ語です。ドイツ語の曲を歌ったのは、大学1年のときの合唱コンクールの課題曲が最初で最後です。つまり8年振り。その時も歌詞の発音に苦労した記憶があります。
そして今回、、音は取れるのだけど口がついていかない…というかテンポの速い曲の場合、詞を目で追うことすらできません(泣)
まぁ練習あるのみなのですが、、、

“La fenice”の本番は11月9日。頑張ります。

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2007年10月23日 (火)

赤トレヴィ

知ってる人も多いとおもいますが、数日前トレヴィの泉の水が真っ赤に変わりました。なんでも50過ぎの男性が塗料か何かを入れたらしい。イタズラというか「無政府主義者」がどうとか「灰色の社会に色を」とかなんとかいう、よく分からん犯行声明らしきビラも残されていたらしいですが…。

お恥ずかしいことながら野次馬心から見に行こうかと思ったり…でも止めました。なぜならそんなものわざわざ見に行くのもどうかと思い直したし、何よりここ数日急激に寒くなったから。本当に寒い。一気に冬が来た感じです。という訳で、赤トレヴィの写真はありません。が、気になる人は検索すればすぐ出てくるのでどうぞ。
小学生の頃、別府で「血の池地獄」なるものを見たけど、あれを思い出させるね。

幸い大理石には大きな影響は無いようです。
まったくこういう歴史的建造物や芸術作品を傷つけるのは許せんね。イタリアにはそういうものはたくさんありますが、あちこちの建造物なんかに落書きされてるのを見ると(特に日本語だと)かなりがっかりします。

フィレンツェのドゥオーモ行ったときは悲しくなったよ。日本語の落書きの多いこと。海外まできて何してるのか!まったく恥知らずもいいとこです。そういう輩には日本から、、いや家から一歩も出ないで頂きたい。なにが楽しくて落書きなんかするのかねぇ?しかも自分の名前を。名前を書くのは自分の持ち物だけにしてくれ!

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2007年10月20日 (土)

アレッツォ

先日アレッツォへと行ってきました。フィレンツェの南東約80kmに位置する町です。

そしてこの町には僕が留学を決めた際にお世話になったサイト「Abbicci」の管理人であるくすぴおさんが住んでます。もうかなり前から遊びに行こうと思っていたのだけど、なんだかんだでこんなに遅くなっちゃいました。
ちょうどボローニャからやはり別の日本人の男の子が遊びに来るらしく、せっかくだから一緒にどう?とお誘いがあり、ようやく現実のものとなりました。

学校が終わってから4時ごろ到着予定の電車に乗ろうとしたのだけど、なぜか僕の乗る予定だった電車だけが遅れている。他の電車はそんなことないのに…原因不明。普段の行いのせい?…ではないはず。結局1時間以上遅れて出発しました。

アレッツォに到着すると(5時過ぎ)、駅のホームでくすぴおさんが出迎えてくれました。
しかし、3時に到着する予定だったボローニャの子がまだ来ていないらしい。結局彼は6時頃到着。予定していた電車が満席で乗れなかったとか。。。

そんなこんなで遅くなってしまい、アレッツォを一通り観光して、みんなで夕食を作って食べるという流れはちょっと困難な感じに。それでも市内を軽く一回りはしました。
ちなみにこの町はロベルト・ベニーニの映画「Life is Beautiful」の撮影地としても有名だそうです(僕は見たことないのですが、写真のグランデ広場脇には案内板もありました。見覚えある人もいるかな?)

Arezzo

あっという間に辺りは暗くなり、夕食作りは断念して、お店でピアディーナ(ナンみたいな生地にいろんな具材をはさんで焼いたものです)を買って帰ることに。スーパーでもハムやチーズ(スキアッチャータ、ストラッキーノ、プロッシュート)を買って帰りました。あとは食べながらひたすら歓談。楽しい時間を過ごせました。どうもありがとうございます。今度はもう少し余裕を持って生きたいです(笑)

余談ですが、彼女から聞いた話で僕的に一番驚いたのは…このアレッツォという町は裕福な人も比較的多く、近くに別荘を持ってる有名人も多いらしい。
彼女自身、買い物にきたシューマッハ(!)やスティング(!)を目撃しているのだとか。凄い。。。残念ながら僕は出会えませんでした。

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2007年10月14日 (日)

アッシジ

ピサからはローマに帰ってきて、翌日はアッシジへと日帰りしました。

聖フランチェスコ生誕の地として有名です。やはり世界遺産。
他のエトルリア起源の町同様、町は丘の上にあるので駅からはバスです。

Assisi1 Assisi2

この町の見所はやはり、サン・フランチェスコ大聖堂。
二階建てになっており、二階部分にはサン・フランチェスコの生涯を描いたフレスコ画が壁一面に描かれています。数年前に地震の被害にあったようですが、その影響を感じさせないほど綺麗に修復されていました。

Assisi3

町の中でも一番高い地点には、ロッカ・マッジョーレと呼ばれる要塞跡があります。
そこまでは徒歩で移動ですが、、うーん、疲れた。
ただでさえ町が丘の上に築かれているので、丘の頂上まで登ればその眺望は素晴しかったです。

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2007年10月12日 (金)

ピサ

サン・ジミニャーノの次はピサへ。
ピサと言えば斜塔ですね。初ピサでした。

この、ピサのドゥオーモ広場も世界遺産です。
この国はホントに世界遺産だらけだな。

Pisa1_2









Pisa2

このように、傾いております。この斜塔も登れます。
が、登りませんでした。さすがに15ユーロも出す気にはねぇ、、、。

ちょうど僕が行ったときは、この傾いた斜塔を救おうと集まった世界各国からの有志の人々が作業している最中でした。下の写真がそれです。

Pisa3

分かりますか?どうやらここでは斜塔を支えるポーズで写真を撮るのが定番のようです。
僕はやりませんでしたが。中にはむしろ倒そうとしている人もいたけど。あまりに面白い光景だったので写真に収めておきました。

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2007年10月10日 (水)

サン・ジミニャーノ

再び旅行記に戻ります。

ミラノを日帰りで訪れた翌日は、パドヴァ…というかチッタデッラのホテルを引き払い、フィレンツェへと向かいます。フィレンツェ自体には僕も彼女も一度訪れたことがあるのですが、トスカーナ地方を観光するにはフィレンツェを拠点とするのが何かと便利なのでフィレンツェに宿をとってありました。

この日は丁度国鉄のストライキと重なっていて、移動がスムーズに行くのか心配だったのだけど、ユーロスターだったのと事前に確認していたのでさして混乱も無く無事到着。
この日はストがあるので、近隣都市の観光は諦め、フィレンツェ市内をブラブラ。あとで知ったのだけど、この様子を学校のクラスメイトに目撃されていたらしい。うーん、世界は狭い。

翌日は朝一でサン・ジミニャーノへ。
僕は学校の用意したツアーで一度来たことがあるのだけど、大雨のせいで滞在時間30分。何も見てません。ようやくリベンジを果たすことができました。

フィレンツェからRでPoggibonsi(ポッジボンシ)下車。
そこからバスですぐ。所要1時間半くらい。

Sangimignano1 Sangimignano2

この町は塔の町として有名ですね。丘の上の城壁に囲まれた小さな町に、一時期は70を越える塔があったそうです。今残っているのは14。世界遺産に指定されています。
当日は素晴しい快晴。青空に塔が映えます。それにしてもこの国は空が青い。

Sangimignano3

Sangimignano4_4

町の中心付近にあるグロッサの塔には登ることができます。
なんかこっちにきて以来、どっか訪れるたびに塔やら聖堂やらに登っている気がする…(笑)でも塔の上からの眺めは素晴しいものでした。町の向こう側にはトスカーナの平野が広がります。

Sangimignano5

この町は白ワインも有名。町の至るところで売ってました。そしてイノシシのハム・サラミもあちこちで売ってました。ちょっと試食させてもらいましたが、特に臭くも無くなかなかおいしい。店頭にはちょっと切なげな目をしたイノシシ君が居ました。合掌。

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2007年10月 9日 (火)

auditorium

10月7日(日)にローマのAuditoriumで歌ってきました。

ローマ大学の合唱団Romatreに今回のみのスポット参加です。
歌った曲はVa Pensiero(ヴェルディのオペラ「ナブッコ」より)、「椿姫」の乾杯の歌ほか。
テレビニュースなどでもやってたらしいです。

僕は普段は別の合唱団にいってるのですが、せっかくいいホールで歌う機会だから、ということで誘ってもらいました。オペラの曲を歌うのも初めてで、楽しかったし、いい経験ができました。

なんでも近いうちにテレビ出演もあるとか。
CMに続き2度目の露出です(笑)そういえばあのCMはもう放送されてるのだろうか?
そしてあの時の給料が未だに支払われていないのが気がかり…。

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2007年10月 8日 (月)

阿部典史

今ニュースで知りました。
二輪ロードレーサー、ノリックこと阿部典史さんが交通事故で死亡したそうです。
バイクで走行中にUターン禁止の道路をUターンしようとしたトラックに巻き込まれたとか。

また日本を代表するライダーが逝ってしまいました。
ショックです。あまりに唐突な出来事で、やるせない気持ちでいっぱいです。
言葉にならない。

ノリックと言えば、若い日のバレンティーノ・ロッシがその走りに憧れて、自らにろっしふみと言うあだ名をつけたほどのライダーです。それが、、、悲しすぎる。

それにしても交通事故とは、、、。
ご冥福をお祈りります。

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追記:イタリアの各紙でも彼の死は報じられています。

イタリアのスポーツ紙「ガゼッタ デッロ スポルト」でも大きく取り上げられていました。紙のウェブサイト上での彼の死に対するニュースには100人を超えるイタリアのファンからのコメントが寄せられています。
少し訳すと
「彼の特徴的なライディングフォームはいまでも脳裏にくっきりと残っている」
「もの凄く強かったわけではないが、彼のアグレッシブな走りは僕らを楽しませてくれた」
「僕らはいつまでも君の事を忘れない。さようならノリック」など。

中には
「ノリックの事は正直いってよく知らないが、僕らのアイドル(ロッシ)のアイドルであるなら偉大な男に違いない。安らかに」
といったコメントもありました。

どのコメントも彼に対する愛が感じられ、あらためて彼が世界中から愛されていたことを感じました。

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ミラノ

次の日は、パドヴァ…というかチッタデッラからミラノに日帰りでいくことにしました。当初は行く予定じゃなかったんだけど、せっかく北に来たし行ってみようかということで。

チッタデッラからヴィチェンツァまで出て、そこからES。トータルで3時間くらいかかったかな。結構遠いです。
日帰りなので、結局ミラノに滞在したのは4時間程。ドゥオーモしか見てません。

Milano_d1

地下鉄DUOMO駅を降りるとすぐ目の前にドゥオーモが!でかい!
残念ながらファサードの一部は改修中でしたが、圧倒的な存在感です。

Milano_d2 Milano_d3

中に入るとステンドグラスが美しい。
ローマにも教会は多いけど、ゴシック様式の教会はあまりありません。なので僕にとっては結構新鮮。

上にも登れます。もちろん登ってきました。階段4ユーロ、エレベーターだと6ユーロ。で、エレベーターを選択しました。どうでもいいけど、このエレベーター、かなり高速です。あっという間に上に到着。

Milano_d4 Milano_d5_2

下から眺めただけでは分からなかったけど、一つ一つの装飾がとても細かい!
小尖塔は全部で135本。聖者像は2245体もあるのだとか。完成におよそ500年もの年月が費やされたのもうなずけます。

以上で時間切れ。あとはスカラ座を外から眺めて(外からみても別になにも楽しくなかった)、Barで一杯して帰途に着きました。あ、そういえばダ・ヴィンチの「最後の晩餐」も見なかったなぁ。

YUKIさん>
今回は急遽行くことになったので、せっかくミラノに行ったのだけどお会いできませんでした。オキナインコのタローちゃんにも会いたかったのだけど。
今度は彼メインで←僕にとっては「最後の晩餐」よりも魅力的(笑)ミラノに行きますねー。

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2007年10月 6日 (土)

ヴェネツィア その2

翌日、朝一でヴェネツィアに向かいます。
この日も生憎の雨でしたが、ヴェネツィア到着時には雨も小降りになってきた様。

サンタ・ルチア駅前から早速水上バスでサン・マルコ広場に向かいます。
水上バスの乗車料金は6ユーロ。高いなぁ。
広場に到着すると、、、水浸し。これがアックア・アルタというやつらしい。とても歩ける状態ではありません。

広場には仮設の通路(橋みたいな台)が設けられてみんなその上を移動しています。通路上は渋滞状態で、立ち止まろうものなら、長靴を履いて水の中に仁王立ちした警察官から
「アヴァンティ!(前へ!)」の声が。

サン・マルコ寺院、ドゥカーレ宮と見学を終え、昼頃再び広場へ…
おぉっ、水が引いてる!そして朝方の雨が嘘のような青空。

Venezia1 Venezia2

サン・マルコ寺院と広場。
余談ですがこの広場、鳩の数が尋常でないくらい多いです。エサ売ってるひともいて、それを買った人はパズーがラッパ吹いたあとのシータみたいな状態になってました。おそらく鳩口密度の高さでは世界屈指でしょう。
その後はヴェネツィアングラスのお店を冷やかしつつ、リアルト橋へ。

Venezia3

さて、ヴェネツィアといえばゴンドラを思い浮かべる方も多いでしょう。僕らも最初は乗るつもりでしたが、結局乗りませんでした。
彼女曰く「カンツォーネの聴けないゴンドラには乗る価値がない」とのこと。
確かにゴンドラは数多く見たけど、唄を歌ってるゴンドリエは一人もいませんでした。ガイドブックにはゴンドリエの美声を楽しみつつ…みたいなことが書いてあったんだけどねぇ。実は人の見てないとこで、こっそり歌っているのだろうか?

1艘だけ、ゴンドリエとは別に歌い手を乗せているゴンドラがありました。
さすが唄専門だけあっていい声です。その周りには小判鮫のように複数のゴンドラが追従していたから、やっぱりゴンドリエは歌わないのだろうか?

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2007年10月 5日 (金)

ヴェネツィア その1

先週から1週間、彼女がイタリアに来ていました。
そしてヴェネツィア、ミラノ、フィレンツェ、サン・ジミニャーノ、ピサ、アッシジへと行ってきました。順番に書きます。

まず、ヴェネツィア。
ヴェネツィアはホテルが高いので、近くのパドヴァに宿をとることにしました。朝一でESでローマを発って、パドヴァまでは4時間。到着後とりあえずホテルを目指します。

住所を頼りに辿り着いたのだけど、どこにもそれらしき建物が見当たらない。
もしかして場所間違えた?不安になりつつ近くを歩いていたおばちゃんに尋ねると…
間違ってました。ホテルの住所にはCittadella(Padova)とあったので、パドヴァ市内の一区画だと思い込んでいたのだが、どうやらパドヴァから北へ20kmほど行ったところにある別の町らしい。住所のPadovaとはパドヴァ県のこととか。
全然おばちゃんは悪くないのだけど、とても申し訳なさそうに答えてくれました。

かなりガックリきました。。。しかしとりあえず移動するしかない。
バスと電車を乗り継いで、何とかホテルに到着。

ちょっと休憩したあと、早速ヴェネツィアに向かいます。
当日は生憎の雨。しかも新聞によると、先週末記録的な大雨が降ったらしい。

1時間ほどでヴェネツィアに到着。
駅を降りると、おぉ~!目の前に運河が。悪天候で下がっていたテンションもちょっと回復。

Santalucia

時間も遅いし、この日はとりあえずブラブラして、市内観光は翌日に。
ブラブラと町歩きを楽しみました。で、迷いました。あの町は迷路です。

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